CopyRight 1999.12.25
建築工房 N 設計

 T邸(自力建設の家) 望さん
 

 あえて誤解を恐れずに言ってしまうならば、家づくりは戦いだ。次から次へと待ち受けるプロフェッショナルチームにヘロヘロになりながらも住んでいかなければならない孤高のトーシロヒーローだ。とすれば話も面白くなる。
 バトルの中で、自らも成長しつつ「より良い我が家」のゴールを目指し悪戦苦闘するロールプレイングゲームだ。となれば更に面白くなるか、子供じみてくるか。

 まず始めの対戦相手は大いにうさん臭い業種の不動産屋。
一年半ほど掛けてゆっくりと集められる だけの資料を集め、物件を絞り込んだ。
 私の場合一つ特別な希望があって、中古物件ならば自分の手で改築をし、更地ならある程度自分自身で工事をするつもりであり、その作業をすること自体が気持ちの良い場所である、と言うこと。これが大きな選定条件の一つであった。
 その「気持ちの良い」という部分に関しては不動産屋に伝える術もなく、とにかく自分の目で物件を見て行くしかなかった。
巡り合った土地は静かな公園に面した南向き斜面。地目は山林。その物件を顔面の大きな不動産屋に照合した所、目鼻ロを顔の中央に集めて何とも言えない間を作った。
不安になり投所で登記簿を覗くと、何十年も動いていない所有者がバブル期にゴロゴロゴロと転がり、今はいかにもサラ金関係業 者の様な法人名になっている。
不安は一気に爆発した。
 これはとても私一人では太刀打ちできないと思い、味方を探す事にした。伝の伝をたどり千葉県内の工務店に相談を持ち掛けた。その土地は買えるものなのか、金額は適正なのか、予算内で家は建てられるのか、どの程度の家が建てられるのか、そして、それは買っても良いものなのか。
 調べていくといろいろ問題も出て来た。土地を転がす為だろうか既存宅地権が付いているのだが、ここは斜面と言うよりも半分崖のような状態なので、放って置けば様子が変わってくる。当時申請に使った道が少し崩れていてその道では許可できないだとか、流れた土で境界の杭が埋まっ てしまって見当たらないだとか。
 工務店の担当者は現地や不動産屋へも足を運んでくれ、全ての問題を処理した上、2割以上も値切って契約にたどり着いた。

 強い味方を得て第一ステージをクリアしたその時には、昨日の友は今日の敵となることを知らないでいたのだった。
さりげなく静に次ぎのバトルは始まっていた。

 土地を検討する時点ですでに工務店の方から紹介し てもらった中安氏にそのままの流れで設計をお願いすることとなる。
 第一印象は、やけに背の高い男だといった程度だった。というのも、もともと設計士に依頼するなどということは頭に無く、とにかくノーマルでシンプルな基礎と構造だけ作ってもらえば後は自分で好きな様に作り進めていけるだろうと高をくくっていたからだ。その安直な考えの失敗は今現在でもいろいろな所で尾を引いているが、逆に考えれば、その安直さが無ければ、自分で家を作るといったような大それた楽しい計画を実行には移せなかっただろう。
 測量をし、ボーリング調査をし、法の規制なども考え合わせ、始めに出て来たプランの段階ですでに敵の土俵に引き摺り込まれてしまった。
 そこにあったものは、私が漠然と描いていた安っぽい掘立て小屋ではなく、巨大なコンクリートの箱を斜面にはめ込み、更にその上にしょうしゃな木造住宅をのせるといった堂々としたものだった。
現実化できるかもしれないその簡単な図面に夢が膨らんでしまった私はどんどん設計という作業に引き込まれ、こだわり出していった。
住宅の本をあれこれ見ては店などを回り、現地へ通ってはスケール感をイメージする。素材など多くの見本を取り寄せ試しに使ってみたり、水回り品のショールームなどはほとんどいった。
1つ1つの取っ手や丁番に至るまで考えを及ぼし、何軒もの建築金物屋を見て回った。
また、中安氏からも情報を貫い、輸入業者の店などへも足を伸ばした。
 その都度設計の打合せをし、除々に具体化してきた図面を持って帰り、じっくり想像し検討する。幾つかのポイントに関して考えをファックスする。暫くして返信がある。
「Aは分かった。Bはこういう理由でできない。Cはそれならばこうすれば良い。」といった明確な内容に加えて何か新しい攻撃を仕掛けてくる。
「ここはこうしたらどうだ」と。
頭の中の出来かけているイメージを再度分解しそれを組み込んでみる。それが私にとって大変な作業だ。何かしっくりこない場合にはこちらも明確な形で返答したいので自分の現を整理する。あれこれと考えているうちにまた別の部分で思い付いたりする。
ファックスを送る。
そんなこんなのファックスバトルが何十いや百枚を楽に越えただろうか。
ようやく落ち着き、実際の図面が上がってきた。またこれが何十枚にも及ぶ青焼でピックリした。後は予算さえ合えば図面どうりに作業を進めるだけだ。大きな山を超えたかに思った。

工務店からの見積もりが出て来るまでは。

約1か月程かかって中安氏から連絡があり「驚かないで下さい」とのメッセージと共にやはり数十牧にわたる詳細な見積書を見せられた。
私は驚かなかった。というよりも何が起こっているのか、これが大変な事なのかよく放み込めないでいた。
 合計金額は予算の3倍を超えていた。
「2倍までなら削った事はありますが」と背の大きい男は言った。
大幅な変更をするか、1からやり直すかだと言う。
段々と大変な事を感じてきた。この時点で白紙に戻す気力は私にはなかった。中安氏に縮小案を考えてもらい、私の方では幾つか別工務店にも見積もりを依頼した。
結局元の工務店に一回り縮小した計画をゴリ押しし、ようやく着工の目処が着いた。
 
 さて、後は工務店の工事部分が終るのを待ち、その後自分で作業をすれば良いはずだ。当然そう簡単に進む訳がない。
 工務店バトル、隣人バトル、そして妻とのバトル。
私の場合、金融機関バトルが無かった分かなり楽だったろう。

 未完成で住み始め何年も経った現在、まだまだ完成には程遠い。しかしもう誰も私に挑戦を挑んでくる勇者はいなくなった。と言うよりは、あきらめられた形なのだが。
 お決まりの結末だが最後はやはり自分自身との戦いという事なのだろう。
 何度目かの冬に備え、まだ付いていない窓を作ってしまわなくては。


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